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大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)7688号 判決 1985年8月23日

原告

杉本アキコ

ほか一名

被告

山本豊和

主文

被告は、原告杉本アキ子に対し、二八八万八四〇八円及びこれに対する昭和五九年四月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告杉本幸子に対し、二四八万八四〇八円及びこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告は原告杉本アキ子に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和五九年四月一一日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告杉本幸子に対し、五〇〇万円及びこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五九年三月五日午後一〇時頃

(二) 場所 大阪市住吉区万代東三丁目一番二五号先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(泉五七に七九八三)

右運転者 被告

(四) 被害車 普通乗用自動車(泉五五え八九〇〇)

右運転者 訴外杉本茂樹(以下「訴外茂樹」という。)

(五) 態様 南北の直線路(幅員約一五・六メートル)と西行の突当たり路(幅員約四・三メートル)の交差するT字路において、訴外茂樹運転の普通乗用自動車(以下「被害車」という。)が青信号に従い直線路を北進中、直線路の対向車線を南進してきた被告運転の普通乗用自動車(以下「加害車」という。)が急に右折したため、双方が出合頭に衝突した。

2  責任原因

被告は、加害車を保有し、運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 訴外茂樹の受傷、治療経過等

(1) 受傷

訴外茂樹は、本件事故により頭部に激痛を伴う頭頸部挫傷等の傷害を受けた。

(2) 治療経過

訴外茂樹は、事故当日の昭和五九年三月五日阪和病院においてレントゲン検査を受け、昭和五九年三月六日から同月三〇日まで二五日間長吉総合病院で入院治療を受け、昭和五九年三月三一日から同年四月二日まで右長吉総合病院で通院治療を受け(実治療日数一日)、昭和五九年三月三一日から同年四月一日までの三日間正和病院で入院治療を受け、昭和五九年四月二日から同月三日までの二日間生野愛和病院(当時の名称新生野優生病院)で入院治療を受け、昭和五九年四月三日から同月一〇日まで八日間雄誠会ミスミ病院で入院治療を受けた。

(3) 訴外茂樹の死亡(自殺)

訴外茂樹は、昭和五九年四月一〇日午後一一時頃(推定)、雄誠会ミスミ病院二階便所内において、ドア枠にタオルを掛け、縊頸し、窒息してその頃死亡した。

(4) 訴外茂樹の自殺と本件事故との因果関係

訴外茂樹は、事故後激しい頭痛に襲われ、鎮痛剤の投与を受けたが、十分の効果がなかつた。相当の激痛であり、大声でわめいたり、両手で頭を押さえつけたり、頭を柱や壁にぶちつけたりし、タバコを飲み込むなどの異常な行動もみられるに至つた。そして、事故から三六日目に縊死したものである。訴外茂樹は、事故前は健康な成年男子であり、性格は温厚であつて、肉体的にも精神的にも異常はなかつた。

世上、交通事故による身体障害を苦にして、将来に対する希望を失い、世をはかなんで(生きる道を選ぶこともできたのに)自殺するという事例がみられるが、本件における訴外茂樹の自殺はこれと異なり、交通事故により生じた耐えがたい頭部激痛により惹起されたものであつて、本件事故と訴外茂樹の自殺との間の因果関係は明らかである。

(二) 治療費 一〇五万三八二九円

(1) 阪和病院分 二万六二四五円

(2) 長吉総合病院分 七二万一四八八円

(但し、うち七一万八四八八円は労災保険から給付)

(3) 正和病院分 六万六五〇八円

(但し、うち六万四五〇八円は労災保険から給付)

(4) 生野愛和病院分 七万一八〇〇円

(但し、うち六万四〇〇〇円は労災保険から給付)

(5) 雄誠会ミスミ病院分 一六万七七八八円

(但し、うち一六万四七八八円は労災保険から給付)

(三) 入院付添費 一二万六〇〇〇円

妻である原告アキ子が入院期間中付添い、一日三五〇〇円の三六日分

(四) 入院雑費 三万九六〇〇円

一日一一〇〇円の三六日分

(五) 訴外茂樹の休業損害 三六万四三二〇円

訴外茂樹は、タクシー乗務員として梅田自動車交通株式会社に勤務し、同人の過去三か月間(昭和五八年一二月一日から同五九年二月二九日まで)の給与支給額は九二万〇九三六円であり、これを右期間の日数九一日で割ると、一日あたり一万〇一二〇円となる。

休業期間三六日(昭和五九年三月六日から同年四月一〇日まで)に右一万〇一二〇円を掛けると三六万四三二〇円となる。

(六) 訴外茂樹の死亡による逸失利益 四一二二万五七六三円

(1) 年収 前記一万〇一二〇円×三六五日=三六九万三八〇〇円

(2) 稼働可能年数 訴外茂樹は昭和一七年四月六日生れで死亡時満四二歳であつた。死亡の翌日の昭和五九年四月一一日から満六七歳まで二五年間稼働が可能である。

(3) 算式

三六九万三八〇〇円×〇・七(生活費、世帯主につき三〇パーセント控除)×一五・九四四(二五年のホフマン係数)=四一二二万五七六三円

(七) 訴外茂樹の慰謝料 一五五〇万円

入院中の慰謝料 五〇万円

死亡による慰謝料 一五〇〇万円

以上合計 一五五〇万円

(八) 相続

訴外茂樹の相続人は、妻である原告アキ子、長女である原告幸子の二名である。

したがつて、原告らは訴外茂樹の右(二)ないし(七)の損害賠償請求債権合計五八三〇万九五一二円を法定相続分に従い、それぞれ二分の一である二九一五万四七五六円を相続によつて取得した。

(九) 葬儀費用 五〇万円

原告アキ子が、右葬儀費用を負担した。

4  損害の填補

原告らは、自賠責保険金一〇〇〇万円を受領した。なお、治療費につき労災保険から合計一〇一万一七八四円の給付がなされていることは前記のとおりである。

5  本訴請求

よつて、被告に対し、原告アキ子は前記3の(八)及び(九)の合計二九六五万四七五六円から前記4の合計の二分の一である五五〇万五八九二円を差し引いた二四一四万八八六四円のうち五〇〇万円及びこれに対する訴外茂樹死亡の翌日である昭和五九年四月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告幸子は、前記3の(八)の二九一五万四七五六円から前記4の合計の二分の一である五五〇万五八九二円を差し引いた二三六四万八八六四円のうち五〇〇万円及びこれに対する前同日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の(一)ないし(四)の事実は認め、同(五)の主張は争う。

2  同第2項の事実は認める。

3  同第3項(一)の(1)ないし(3)の事実は不知、同(4)の主張は争う。

(一) 訴外茂樹の自殺と本件事故との間には、相当因果関係はない。

訴外茂樹は、事故後約二時間を経た翌六日の午前〇時一〇分頃から約一時間にわたり、実況見分に立会い、元気に現場で指示説明を行つている。

(二) 又、三月六日から入院した長吉総合病院では、頭部CT、脳波異常なしとして頭頸部挫傷、右肩挫傷の診断を行つている。その後、病院に切替つており、症状が軽快したものと考えられる。

(三) 訴外茂樹は病院を転々とし、病院において、同人の処遇に手をやいていた雰囲気も伺えるのである。請求原因第3項(二)ないし(九)の事実は不知。

4  同第4項の事実は認め、同第5項の主張は争う。

三  抗弁

1  過失相殺

訴外茂樹は、信号の変わり目に時速約六〇キロメートルないし六五キロメートルの猛スピードで突込んできたため、本件事故となつたものであり、本件事故の発生については、訴外茂樹にも制限速度遵守義務及び前方注視義務を怠つた過失があるから損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

2  損害の填補

本件事故による損害については、原告らが自認している分以外に、三二万六二〇〇円の損害の填補がなされている。

四  抗弁に対する認否

右1(過失相殺)の主張は争い、2(損害の填補)の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

請求原因第1項の(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、成立に争いのない甲第四号証、乙第一号証の一ないし三、甲第二八号証、被告本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、アスフアルト舗装道路である幅員約一五メートルの南北に通ずる平たんな道路(以下「南北道路」という。)と東西に通ずる幅員約五・八メートルの平たんな道路(以下「東西道路」という。)とがT字型に交差する交差点(以下「本件交差点」という。)内の南北道路の北行き車線内の中央部分よりやや東寄りの部分である。

南北道路の東側と西側の端には、それぞれ幅員約三・六メートルの歩道があり、本件交差点の北側と南側にはそれぞれ横断歩道が設けられており、東側の南行きと、西側の北行きは、いずれも二車線になつている。

なお、東西道路は一方通行になつている。

南北道路の最高制限速度は、四〇キロメートル毎時に指定され、同道路には交通を規制する信号機が設置されている。

南北道路の北側及び南側からの各見通し状況は、いずれも前方は良好であるが、左右は不良である。

2  本件事故直後に行われた実況見分の際(昭和五九年三月二日午前零時一〇分から午前一時)の交通量はひんぱんであり、附近の照明は明るく、路面は乾燥しており、南北道路の北行き車線上(中央分離帯寄りの車線上)には、被害車のものと認められる約二一メートルのスリツプ痕が残つていた。

3  被告は、本件事故当時、加害車を運転し南北道路の中央分離帯寄りの南行き車線を時速約三〇キロメートルないし四〇キロメートルで南進し、本件交差点の手前約三五メートルの地点で右折するために右の方向指示器を出して本件交差点の北側にある横断歩道の附近(中央分離帯の延長線上附近)で一時停止した。その際、被告は南北道路の南側から本件交差点に進入しようとしていた被害車を右前方(南側)約六〇・八メートルの地点に認めたのであるから、その動静を注視し、安全を確認して右折進行すべき注意義務があるのに、先に右折できるものと油断して、その安全を十分に確認することなく時速約一〇キロメートルで右折進行した過失により、被害車の前部附近を自車左後輪附近に衝突させた。

4  他方、訴外茂樹は、本件事故当時被害車を運転し、南北道路を時速約六〇キロメートルないし六五キロメートルで北進していたが、本件交差点の手前約六八・四メートルの地点で加害車を認めたのであるから、その動静を注視し、安全を確認して進行すべき注意義務があるのに、対面信号が青であることに気を許し、その安全を十分に確認することなく、同速度で進行した過失により、自車前部附近を加害車の左後輪附近に衝突させた。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比してにわかに採用し難い。

二  責任原因

請求原因第2項の事実は当事者間に争いがない。

したがつて、被告は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  訴外茂樹の受傷、治療経過等

(一)  成立に争いのない甲第二号証、甲第六号証、甲第八号証、甲第九号証、甲第一四号証、甲第一六号証、甲第一九号証、甲第二五号証、原告杉本アキ子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第二一号証及び原告杉本アキ子本人尋問の結果によれば、請求原因第3項(一)の(1)ないし(3)の事実(訴外茂樹の受傷、治療経過、訴外茂樹の自殺の各事実)を認めることができる。

(二)  訴外茂樹の自殺と本件事故との因果関係

前掲各証拠及び成立に争いのない甲第三号証、甲第二三号証の一、甲第二六号証、甲第二七号証、甲第三〇号証、甲第三一ないし甲第三五号証の各一、二原告杉本アキ子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第二二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二三号証の二、甲第二九号証、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 訴外茂樹は、昭和四六年一一月一二日原告アキ子と結婚し、昭和四八年一月九日原告幸子が出生した。

訴外茂樹は、結婚当時は鉄工所でプレス工として働いていたが、昭和四七年四月頃から大阪市内の日本観光タクシー会社に勤務し、昭和四八年頃同社を退職した。その後クラウンタクシーや、三和交通にタクシー乗務員として勤務し、昭和五九年九月頃から梅田自動車交通株式会社にタクシー乗務員として勤務していた。訴外茂樹の同社における勤務状況は極めて良好で、同僚間の評判もよく、客とのトラブルもなく、模範従業員であつた。

訴外茂樹は、真面目で几帳面な性格であり、夫婦仲もよく、休日には子供を連れて公園や魚釣りなどに行つていた。これまでに交通事故を起こしたことはなかつた。

趣味は魚釣りくらいで、酒は飲まなかつた。本件事故前には、病歴所見もなく、特段異常な言動も見当らず、訴外茂樹が自殺するような原因は皆無であつた。また近親者に精神異常者も認められず、自殺をした人もいなかつた。

(2) 訴外茂樹は、昭和五九年三月五日、本件事故により、頸部捻挫、右手(肩)打撲等の傷害を受け、その日は阪和病院で治療を受けて帰宅した。

帰宅後、打撲痛が増強し、翌三月六日頭痛、吐気がするため長吉総合病院で診察を受け、同日から同月三〇日までの二五日間同病院に入院した。その間、頸部痛、頭痛、右肩痛を訴えたため、投薬、点滴処置等対症療法を施行した。同病院での検査では、レントゲン像、頭部CT、脳波所見等には異常は認められなかつた。しかし、訴外茂樹は、頭痛感、両肩疼痛、嘔気、嘔吐、眩暈、耳鳴り、鼻出血などを訴えていた。

(3) 訴外茂樹は、昭和五九年三月三〇日に長吉総合病院を退院して、同月三一日に正和病院で診察を受け、同日同病院に入院した。病名は、頸椎捻挫、右肩挫傷、頭部外傷Ⅱ型であつた。その頃から食欲も落ちて体重も減少し、トイレの水洗の音や、車両の通過する音で不眠や頭痛を強く訴え、鎮痛剤、睡眠剤を投与したが、効果はなかつた。

訴外茂樹は、自宅でないと眠れないと言つて退院を希望し、同年四月一日正和病院を退院した。

帰宅後、はじめのうちはテレビを見たり子供と話をしていたが、同月二日午前〇時三一分頃灰皿の中の吸殻や、タバコを飲み込んで興奮状態となつたので、大阪市平野消防署に連絡し、救急車で雄誠会ミスミ病院に搬送した。帰宅後は気分が悪いとのことで食事も取らずにいたが、同月二日午後一〇時三〇分頃、頭が痛いと言つて壁やトイレの柱に頭を打ちつけるなど異常な行動が見られたため再び救急車で生野愛和病院(旧新生野優生病院)に搬送して治療を受け、同日同病院に入院した。傷病名は、頭部外傷後遺症、外傷性頸部症候群であつた。

生野愛和病院での諸検査においては著変は認められなかつた。しかし、頭痛、后頸部痛、右肩から右上肢にかけての痛みを訴えており、点滴、湿布等を行つていたが、CT、投薬等を否定し、昭和五九年四月三日同病院を退院した。そして同日雄誠会ミスミ病院に入院した。病傷名は外傷性頸腕症候群であり、同病院での診断によれば、四月二日の異物(タバコ)摂食、不十分な自己表現、うつ状態等神経的所見があり、入院後も強度の頭痛、不眠を訴えたため、鎮痛剤、安定剤の投与、注射などしたが、症状の改善がなく、終日うつ状態であつた。

(4) 訴外茂樹は、雄誠会ミスミ病院で入院治療を続けていたが、強度の頭痛、不眠等を訴え、その症状の改善がなかつたところ、昭和五九年四月一〇日午後一一時頃、右病院二階便所内において、ドア枠にタオルを掛け縊頸し、窒息してその頃死亡した。

なお、訴外茂樹は、本件事故前は週に二回程度の交渉があつたが、本件事故後はインポテンツとなつて全く没交渉となつた。

以上の認定事実を総合すると、訴外茂樹は、本件事故により、頸部捻挫、右手(肩)打撲等の傷害を受け、五か所の病院で入、痛院治療を受けたが、頭痛、頭重感、両肩疼痛、嘔気、嘔吐、眩暈、耳鳴り等の症状は改善されず、特に昭和五九年四月二日頃から激しい頭痛、不眠などが増強するに及んで両手で頭を押えつけたり、頭を壁や柱に打ちつけたり、タバコを飲み込むなどの異常な行動も見られるようになり、入院治療を続けているにもかかわらず強度の頭痛、睡眠障害、嘔吐、食欲低下、体重減少、全身倦怠、性欲低下等の症状により自己の身体に自信をなくし、病気に対する強度の不安等から次第に抑うつ症状が加わり、その症状が一気に増悪して自殺したものと推認される。

このように、訴外茂樹の自殺は、本件事故による受傷が誘因となり、うつ状態あるいはうつ症候群によつて引き起こされたものというべきであり、本件事故による訴外茂樹の受傷と自殺との間には、事実的因果関係のあることは明らかであるが、相当因果関係があるといえるかについては問題がないわけではない。

不法行為により傷害を受け、その苦痛に悩まされた被害者が、絶望のあまり死を選ぶことは決して有り得ないことではなく、予見不可能な希有の事例であるとは思われないし、交通事故により被害を受けて苦しむ人の悲惨さを思うときに、自殺が本人の自由意思であるとして相当因果関係を否定するのは、損害の公平な分担の理念に反し妥当でないといわなければならない。

もつとも、自殺の場合には、本人の自由意思による面があることも否定することはできないので、通常人ならば必ず自殺するという事例ならばともかく、そうでない場合には、被害者の被つた損害のすべてを本件事故によるものとして被告に賠償させることは、被告に対し、酷に失するものと考えられる。

したがつて、自殺を選択した自由意思の程度や通常人が同一の状態におかれた場合の自殺を選択する可能性等を比較しながら、事故による受傷の自殺への寄与度を勘案し、その割合に応じて被告に賠償責任を認めるのが発生した損害の公平な分担の理念にかなうものというべきである。

右の見地から訴外茂樹の被つた損害に対する本件事故の寄与度をみると、前記認定の本件事故の態様、訴外茂樹の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、事故後の状況等の諸事情を勘案して、訴外茂樹の被つた損害のうち死亡による損害に対する本件事故の寄与度は四〇パーセントとみるのが相当である。

2  治療費 一〇五万三八二九円

成立に争いのない甲第七号証、甲第一〇号証、甲第一五号証、甲第一七号証、甲第二〇号証、原告杉本アキ子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外茂樹は、治療費として阪和病院に二万六二四五円、長吉総合病院に七二万一四八八円(但し、このうち七一万八四八八円は労災保険から給付)、正和病院に六万六五〇八円(但し、このうち、六万四五〇八円は労災保険から給付)、生野愛和病院に七万一八〇〇円(但し、このうち六万四〇〇〇円は労災保険から給付)、雄誠会ミスミ病院に一六万七七八八円(但し、このうち、一六万四七八八円は労災保険から給付)、以上合計一〇五万三八二九円(但し、このうち、労災保険からの給付額は合計一〇一万一七八四円)を要したことが認められる。

3  入院付添費 六万六五〇〇円

原告杉本アキ子本人尋問の結果と経験則によれば、訴外茂樹は、前記入院期間中一九日間付添看護を要し、その間一日三五〇〇円の割合による合計六万六五〇〇円の損害を被つたことが認められる。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。

4  入院雑費 三万九六〇〇円

訴外茂樹が三六日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日一一〇〇円の割合による合計三万九六〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。

5  訴外茂樹の休業損害 三〇万五四九六円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五号証の二、原告杉本アヤ子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外茂樹は、本件事故当時、梅田自動車交通株式会社にタクシー乗務員として勤務し、一か年平均三〇九万七四四六円の収入(昭和五八年度の年収)を得ていたが、本件事故により、昭和五九年三月六日から昭和五九年四月一〇日まで休業を余儀なくされ、その間合計三〇万五四九六円の収入を失つたことが認められる。

(算式)

三〇九万七四四六円÷三六五日×三六日=三〇万五四九六円

6  訴外茂樹の死亡による逸失利益 一三八二万八〇七六円

成立に争いのない甲第三号証、原告杉本アキ子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外茂樹は、昭和一七年四月六日生で、本件事故当時満四二歳の健康な男子であり、同人の昭和五八年度の年収は前記のとおり三〇九万七四四六円であるところ、同人の就労可能年数は死亡時から二五年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三四五七万〇一九二円となるが前記三の1(二)に認定のとおり本件事故の寄与度は四〇パーセントと認めるのが相当であるから、訴外茂樹の死亡による逸失利益は、一三八二万八〇七六円となる。

(算式)

三〇九万七四四六円×〇・七×一五・九四四一=三四五七万〇一九二円

三四五七万〇一九二円×〇・四=一三八二万八〇七六円

7  訴外茂樹の慰謝料 五一〇万円

本件事故の態様、訴外茂樹の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、訴外茂樹の年齢、親族関係、自殺するに至つた経緯、その他本件に現われた諸般の事情を考えあわせると、訴外茂樹の入、通院による慰謝料額は三〇万円、死亡による慰謝料額は、一二〇〇万円と認めるのが相当であるところ、前記三の1(二)に認定のとおり本件事故の寄与度は四〇パーセントと認めるのが相当であるから訴外茂樹の死亡による慰謝料額は四八〇万円となり、結局訴外茂樹の慰謝料額は合計五一〇万円と認めるのが相当である。

8  原告らの相続 原告アキ子、同幸子、各一〇一九万六七五〇円

成立に争いのない甲第三号証、原告杉本アキ子本人尋問の結果によれば、訴外茂樹の相続人は妻である原告アキ子、長女である原告幸子の二人のみであつて他に相続人はいないことが認められる。

よつて、原告らは、前記三の2ないし7の損害賠償請求権二〇三九万三五〇一円を法定相続分に従い、それぞれ一〇一九万六七五〇円を相続によつて取得したものと認められる。

9  葬儀費用 原告アキ子五〇万円

原告杉本アキ子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告アキ子は、訴外茂樹の葬儀を行つていることが認められるところ、訴外茂樹の年齢、社会的地位、家族構成等諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用の損害は五〇万円と認めるのが相当である。

四  過失相殺

前記一認定の事実によれば、本件事故の発生については訴外茂樹にも制限速度遵守義務及び前方注視義務を怠つた過失が認められるところ、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告らの損害の二割を減ずるのが相当と認められる。

そして、過失相殺の対象となる損害額は、原告アキ子については、前記三で認定した合計一〇六九万六七五〇円であり、原告幸子については、前記三で認定した一〇一九万六七五〇円であるから、これから二割を減じて原告らの損害を算出すると、原告アキ子につき八五五万七四〇〇円、原告幸子につき八一五万七四〇〇円となる。

五  損害の填補

請求原因第4項及び抗弁2の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そうすると、原告アキ子の前記損害額八五五万七四〇〇円から右填補分五六六万八九九二円を差引くと残損害額は二八八万八四〇八円となり、原告幸子の前記損害八一五万七四〇〇円から右填補分五六六万八九九二円を差引くと、残損害額は二四八万八四〇八円となる。

六  結論

よつて被告は、原告アキ子に対し二八八万八四〇八円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五九年四月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を、原告幸子に対し、二四八万八四〇八円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五九年四月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度でそれぞれ理由があるので正当としてこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないので失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 喜如嘉貢)

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